悪いなりに何とかするということ

 先日、職場で毎日走って飽きないのかとテンプレの様な話になった。この手の質問には真面目に答えても理解してもらえる事は少ないので適当に笑って流すようにしている。  走る事のない人から見れば毎日走って飽きないのかとは当然のように思う疑問だろう。しかし同じ動きを繰り返すからこそ僅かな違いやズレ、変化に気がつけると思う。飽きるというのは何も意識せず何となくやっているから変化も何もない繰り返しに思えてしまうのだろう。  


 先日のTJAR2016報告会で、普段どういった練習をしているのかというのに答える事があったが、僕は走っているときに何かトラブルや違和感があっても、その中で出来る事をするようにしていると答えた。痛みや違和感で走るのをやめるのは間違っていないし、大事にならないようにするには当然の事だ。しかしその中であえて続けていくにはどうしたらいいかと考え、試行錯誤して走るのもひとつの方法だろう。悪いなら悪いなりに何か走れる方法があるはず。それを見つけるためには悪い中何とかして良い方向に向けるというやり方を経験しないとだめなのではないか、と思う。  

 
 これはTJARにも共通することで、TJARの中で何かしらトラブル、怪我等があっても自分でそれを乗り越えていく能力というのはこういった普段の練習の意識から植え付けられていくのではないかと感じる。アクシデントが起こっても、悪い状態が続いてもその中で何とかして前へ進むためにはどうしたらいいか、そういう能力を育てるためにも飽きもせず(意識しながら)毎日同じ事を繰り返しているのかな、と最近になって思うのである。  

 
   日々練成
 
[ 2016/10/17 06:25 ] 独り言 | TB(0) | CM(0)

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