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過去のTJARと現在のTJARの話


 TJARが昔と比べて変わってきたという声をちらほら聞く。昔はもっと自由だったし好き勝手やっている雰囲気が良かったと。その感情自体は良くわかるし事実第一回大会と比べて9回目の開催となる2018は大会としてとても大きくなり、メディアの注目もくらべものにならないくらい大きくなっている。草大会と言われる事もあるが、個人的にはもう草大会の規模を超えており、日本でも有数の影響力を持った大会になっていると思う。人気のあるイベントは回数を重ねていけば大きくなっていくものだし、その過程においてより洗練されていくのは当然だ。ある意味では現在のTJARは第一回に比べて大会として洗練されたものであるといえよう。それが以前の大会形態と比べて変わったと嘆くのは個人的には単に懐古主義であると思っている。昔はよかった、自由にやれた。という意見もあるが、大会が大きくなっていき、世間の注目が集まっていくうえでは、ルールとして今まで曖昧であった部分の明文化や、個人の判断に委ねられていた部分もある程度大会側で制限していくのは仕方のない事なのではないだろうか。(特に安全面においては)
 
 TJARの特徴は選手自身が主催者であり、大会は選手個人で完結するというところだ。大会はあくまで個人の集まりであり、たまたま同じ時間にスタートし、同じコースを辿り、同じゴールを目指すという前提がある。なのであくまで全ては自己責任。スタートしたらゴールまで大会側は一切手出しはしませんよ、というのが特徴だ。そのスタイルに惹かれて集まってくるのが選手を目指す人々であると思っている。決して栄光や名誉だけが欲しい人たちではないのだ。

 以前と比べて大会の雰囲気は変わってきたかもしれないが、その根本である自己責任はしっかりと受け継がれ、守られていると今大会をずっと見ていて感じた。少なくとも選手はそれを感じ、守り大会に参加していただろう。
 今大会は新しい風が吹き、次回大会へ向けて大きな変化があった大会であったと思う。(望月選手の偉業についてはここでは割愛)新しいスタイル。初参加選手の躍進(TJARは経験者が大きなアドバンテージを持っている)ベテラン(経験者)の苦戦。これらも全て大会がより洗練されて、より高みへと進んでいく過程で発生した出来事ではないだろうか。流れのない川は淀む。大会もまた常に流れ続けないと内輪だけの透明性のないものになってしまう。「古き良き時代」は己の心の中にだけおいて、僕はさらに洗練されたTJARを見ていきたいと思う。

 次回は2年後2020年。さらに進化したTJARがどんなドラマを生むのか楽しみだ。

 日々練成


 
[ 2018/08/29 20:45 ] TJAR2018 | TB(0) | CM(0)

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