TJAR2014 5日目その2 (14日途中)

 5日目 その2

 時間は2:30だったか、3:00だったか・・・。記憶もうろ覚えなくらい眠かった。迷惑にならなそうな駐車スペースを見つけて座り込む。スマホのアラームを10分後に設定。寝過して関門アウトなんてゴメンです。しかしやはり気を張っているのか、目を開けていられない程眠いはずなのに1分後、2分後にハッと目を開けてしまう。まだ3分しか経っていない・・・。まだ5分しか・・・。寝たいのに眠れない1分が途方もなく長い時間に感じる。

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貴重な大会中の家族との写真。深夜待っていてくれた家族に感謝。

設定の10分後まであと3分程だったか、聞こえてくる足音とストックを突く独特の金属音。また幻覚か?いや選手だ。顔を上げると田中選手と佐幸選手が元気よく歩いて来る。「お、仙波さん!」軽快に名前を呼ばれて一瞬にして我に返った。眠気も吹き飛ぶ。ここで2人に付いていかないと駄目だ、本能的に察知して直ぐに起き上がった。挨拶してご一緒させてもらう。二人は天竜川の橋の下で仮眠していたそうだ。元気いっぱいで歩いている。ストックも使って軽快だ。そういえばストックをずっと使っていなかった。両脚の違和感は痛みに変わってきた。登りは何ともないが下りではかなり痛みが激しい。ここから中沢峠まで登り区間なのでまだ大丈夫だろう。

 田中選手は前回の完走者、色々お話を聞かせてもらった。しかし田中選手の話によると、今僕らがいる時間帯が完走のボーダーだという。体の余裕持って行動してきたつもりだがいつのまにか時間の余裕が無くなっていた事にかなりショックを受ける。ここから頑張らないと、三伏峠の関門は大丈夫だが、井川の関門が厳しいという。

 一気に完走という目標にガスがかかってきたイメージが広がる。このあたりから僕の精神はかなりマイナスに動いていたようだ。今までの楽しいTJARが凄く怖く、ゴールの見えない苦行に変わっていった。両脚の状態も結構やばい。体力的には大丈夫だが、悪い方へ悪い方へ考えが流れて行ってしまう。ふと前方の歩道に人影が。米田選手だ!やはり眠さに耐えきれず道端で行き倒れていたという。ここまで共に行動してきた米田選手と再び合流出来た事でかなり精神的に楽になった。4人でパーティ?を組んで市野瀬を目指す。途中再びSatoさんの応援が!車で撮影しながらの声援を受ける。昨日の深夜からずっとこの付近にいてくれたのだろうか。感謝の思いしかない。あまり対応出来ずずみません。
 中沢峠までは選考会以来の道。勾配が徐々にきつくなってくるが休まず歩く。途中で前回完走者、東山さんが応援に来てくれた。ありがとうございます。

 6:00?
 中沢峠到着。下りに入ると途端に両太股が痛む。何故か他の選手に悟られないように歩いた。
 途中自転車で畑中さんが応援に来てくれた。ありがとうございます。下りは登り以上に長かった。脚の痛みもあったのだろうが・・・。バスの発着場を過ぎればフラットぎみになって助かった。大きな道路に入れば市野瀬はすぐそこだ。入野屋さんに近づくと何人もの人影が。MH.TRCのMamoruさんと父親が待っていてくれた!思わず涙が出そうになる。やはり精神的に少し弱気になっているらしい。

 7:30
 無事に関門を通過して一安心。メディカルチェックを受けて選手用のスペースに案内される。Satoさんと僕の家族も待っていてくれた。久しぶりに見る妻の顔と子供の顔にやっぱり涙が出そうに。お風呂の時間は過ぎていて入れないので水道水で体を洗う。それでもさっぱりして気持ちよかった。デポの荷物を受け取って後半用のウェアに着替える。ここではアンダーショーツ、タイツ、ランパン、アンダーシャツ、トップ、靴下を全て交換した。少しでも乾かそうとシェルターを広げ、レインウェアを干した。行動食もかなり多めに補給。ガスも交換してビニールで防水を完璧にする。全て終えると1時間以上経過していた。10時過ぎには出発したいので仮眠は1時間程で済まさなくては。米田選手はすでにヴィヴィに入っている。家族と少し話をして僕もヴィヴィに入った。雨が当たらないだけで温かく快適だ。やっぱり直ぐに落ちた。

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米田選手、田中選手と共に

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 日々練成
[ 2014/08/25 21:43 ] 2014TJAR | TB(0) | CM(0)

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